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東京家庭裁判所 平成2年(少)12059号 決定

少年 H・IことU・Y(昭46.9.9生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

別紙のとおり。

(法令の適用)

刑法204条

(処遇事由)

1  本件は、少年が凶器を持って被害者の背後からその背部を突き刺し、生命にも危険が及びかねないほどの重傷を負わせたというもので、極めて重大な非行である。もっとも、少年が本件非行に至ったのは、被害者の心ない言動が直接のきっかけとなっており、少年の悲惨な生い立ちを併せ考えると、動機については同情すべきものがある。

なお、少年は、被害者を殺害する気持ちはなかった、ナイフを買ったのは喧嘩になったとき周囲が被害者の友達だから素手では負けてしまうと思ったからであると述べる。

2  少年は、昭和58年2月、11歳のころ、難民としてタイの難民キャンプから両親及び妹らとともに来日した。来日前、少年及びその家族は、カンボディアでポルポト軍から迫害を受け、ベトナムの農村へ脱出し、さらにベトナムの難民キャンプで生活し、その後一旦カンボディアへ戻ったものの、内戦を逃れて再びタイの難民キャンプへ脱出するという悲惨な状況にあった。また、ベトナム難民キャンプでは父親の浮気などが原因となって両親が不和となるようなこともあった。少年にとっても、極めて不安定で恐怖やつらいことの多い日々であったと推測されるが、少年自身は来日前の生活について多くを語ろうとしない。少年及びその家族は来日後大和市の難民定住センター等で生活し、少年は公立小学校に編入された。その後両親が不和が原因で別居し(平成元年に裁判離婚)、少年は父親に引き取られ、○○学校の小学校に転校し、さらに同校の中学校に進学した。しかし、父親の元では満足に食事もできないし通学に時間がかかりすぎるなどとして、中学1年時に自分から母親の元へ行き同居することになった。少年の様子にはっきり変化がみられるようになったのは、少年が中学3年に進級したころである。学習意欲を失い、教師から様子がおかしいなどと指摘され、少年自身「先生に嫌われている。人に変に思われている。」等と口にするようになった。次第に通学しなくなり、夏休み明け後(昭和63年9月)退学してしまう。少年は学校生活についても詳しく語ろうとしないので、このような変化が現われた直接の契機についてはよくわからないところがある。少年は、友人がいて楽しいこともあったが、殴り合いなどの喧嘩もいっぱいあって、○○学校の高校生と喧嘩をしては負けることが多く嫌なこともあったと述べる。おそらくは周囲にうまく溶け込めず、喧嘩を繰り返すということなども重なって傷ついていったものと思われる。しかも、家庭も、両親が不和別居しているうえに生活に精一杯の状態で、少年の不全感を和らげ、少年を支える十分な態勢にはなかった。少年は、そのころプロレスなどの格闘技をやりたいとの思いに駆られるようになっていた。アルバイトをし、トレーニング機械を買ってトレーニングをするようにもなった。しかし、同年末には一層不安定な状態になり、妹が変な眼で見るなどと言って妹にしばしば暴力を振るうようになった。さらに、平成元年春ころから住居(アパート)の隣人とトラブルを起こすようになる。上の部屋がうるさいといって怒鳴り込んだり(ポケットに果物ナイフを持って行ったこともある。)、隣室がうるさいといってガラスを割ったりし、同年8月隣室に雨傘を投げ込んだりして、ぐ犯事件となり観護措置が取られた。その際の鑑別結果では被害念虜(精神分裂病の疑い)があると指摘され、同年9月1日、精神症状についての医学的治療を受けさせ、保護者を援助して在宅処遇を試みるのが相当として、保護観察に付された。

3  少年は、一旦母親の知人の勤務先に居住し、まもなく転居してキックボクシングジムに入り食堂で働いていたが、十分に練習できない等として平成2年4月やめた。この間は周囲の人と喧嘩をしたこともあるが仲直りしたという。そのころ○○プロレスに加入を申し込んだが断わられ、新聞販売店に住み込み就職した。4か月余働いたが、その間隣室の同僚がうるさいとして喧嘩したくなることがあると保護司に訴えている。この間は仕事のことで同僚と喧嘩することが多かったが、暴力を振るうことは我慢したという。同年9月退職し、自動車教習所に入所(合宿形式)し、同年11月教習所を卒業した。教習所では、自動車の運転は楽しかったが、うるさいことが嫌だった(何がうるさいのかは述べない。)。口喧嘩をすることはあり、殴りたいのを我慢したという。同月8日前記○○運輸に就職し(同月13日普通運転免許取得)、その後本件非行に至った。少年は、保護観察になってからカンボディア人だとして馬鹿にしてきたのは本件の被害者だけだという。そのほかは喧嘩をしたくなっても我慢をし、また、喧嘩しても我慢して暴力を振るわないようにしてきたというのである。少年は、前回鑑別所入所を経験し、保護観察に付され、少年なりに自分の行動を規制してきたものと思われる。前回隣人とトラブルを起こし、また、家族に乱暴するなどして迷惑をかけたことから、母親の元を離れ自分で働いていかなければならないという反省の気持ちもあり、住み込み稼働し、自動車運転免許を取得するなど努力もしている。このように少年自身前回に比べると内面の成長は認められる。しかし、職場での不適応感は強く、転職を繰り返してもいる。少年にとって、もともと異文化でなじみにくく、言葉の問題もあって円滑な対人交流を築きにくく、後述の少年の資質からしても刺激の多過ぎるこの社会内で、一人で精一杯頑張って自分を規制してきたこの間に、少年はその内面に強い欲求不満や周囲に対する反感をため込んで来てしまったのではないかと思われる。そして、本件被害者の心ない言動に接し、これまで抑圧してきた被差別意識や攻撃感情が一気に噴出し、爆発的に攻撃行動に出てしまったものと思われるのである。

なお、少年は、この間精神科医の治療等を受けたことはないようである。また、保護司への来訪はほとんどなく、主に保護司の往訪を受けるという状況で、保護司に就職の斡旋を依頼するようなことはあっても(要求が自己本位で思い通りにならないと保護司に反感を持つ。)、進んで保護観察の指導を受けるという態度はなかった。

4  少年は、知能は中の下段階と判定されている(I・Q=81)(その生い立ちからみると、潜在的な能力はあるいはもっと高いものがあるのかも知れない。)。学習意欲はある。精神的に安定できる環境ではそれなりに与えられた課題を遂行できるものと思われる。しかし、思考が融通性に欠け、興味・関心の幅が狭い。また、物事を自己本位に歪めて認知する傾向が著しい。日本語の語彙力、表現力には向上が認められるが、内面を的確に表現する力は不足している。自我が弱く自己を表現することが苦手でもあり、日本語による意思疎通には支障が生じやすい。また、自分の感情などを言語化して客観視することもできにくい。これらのことが相まって、感情や欲求をしっかりと抑制できず、直接行動に移してしまいやすい傾向となっている。

内面的には極めて未成熟で脆弱な人格である。自信がなく、動揺しやすく、情緒不安定である。感情統制が不良で、強い被害念虜と攻撃感情を潜在させている。些細なことでもひどく傷つき、差別されたと感じやすく、衝動的に粗暴な直接行動に出て攻撃感情を発散させやすい。対人不信感が強く、対人接触を避けようとする傾向も強い(少年は人の少ない職場で働きたいと述べる。)。

幼少時に迫害を受け、来日後は異文化へ適応していく過程での緊張と葛藤や被差別体験の連続の中にあって、少年の問題性が発現し、強化されてきているといえる。しかも、家庭環境も不安定でむしろ少年を混乱させもした。不遇な境遇のもとで、少年は現在自己同一性が混乱した状況にあるといえる(なお、今回の鑑別結果によれば、極めて未熟な人格を基盤に強い被害念虜を伴う攻撃性が形成されているが現段階では精神障害は認め難く、前回の精神分裂病の疑いとの診断は否定できるとされている。)。

5  少年は、今回の事件について十分内省できる状況にはない。被害者に対し悪いことをしたという気持ちもあるが、相手が悪いという気持ちもあるという。ただ、被害者の治療費等の支払など母親に迷惑をかけて申し訳ないとの気持ちは強いようである。少年は、今後の生活についてはあまり仕事のことには関心を向けていない。現在はもっぱら格闘技を通して強くなりたいということにとらわれている。格闘技をやれば他人を攻撃しなくてすむとか、友人ができるなどと述べる。少年なりに自分の攻撃感情の発散を考えているのであろうが、生活設計としては現実から遊離していることに問題がある。また、母親は少年を心配しており少年にとっても精神的支柱としての意味は失われていないが、少年自身は母親や父親に対する感情についてはよくわからないと述べるなど、自分の気持ちがよくつかめていないようである。

6  そこで、少年の処遇であるが、少年の現状からすると、このままでは今後些細な刺激にも強く興奮し、本件のような重大な再非行に至る危険が高い。少年については、資質面の問題性が著しく、刺激の多い社会内での処遇では再非行の抑止が非常に困難であるし、再び失敗することは少年にとっても取り返しがつかないことになる。しかも、専門家の個別的継続的指導を確保し、少年がその機会から離脱しないようにすることが必要不可欠である。付添人弁護士や母親の知人の熱意ある協力が得られる見込みはあるが、現時点では在宅処遇の選択の余地はなく、また、例えば試験観察に付して在宅処遇の可能性を探るということも適当ではない。したがって、今回は少年を施設に収容し、専門家の組織的、系統的指導に委ねるのが相当である。少年の問題性に照らし、特殊教育課程で心理療法を中心とした指導を行うのが適切である。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小川正持)

別紙

少年は、平成2年11月9日から、東京都墨田区○○×丁目×番×号所在○○運輸株式会社で自動車運転助手として稼働していた者であるが、同月28日は同社従業員A(当時20歳)の助手をするように指示を受け、午前9時30分ころから、東京都足立区○○町××番×号所在○○倉庫株式会社○○営業所1号倉庫内において、荷物を貨物自動車に積み込む作業に従事中、Aからカンボディア人だとして馬鹿にする態度を取られ、荷物を投げつけられたり、「ぶっ殺すぞ」と怒鳴られたりしたことから口論となり、喧嘩になった際に備えて近くの商店で果物ナイフ1丁(刃体の長さ約9.7センチメートル)を購入して戻ったが、Aから「さすがカンボディアだ。」等と馬鹿にされて激昂し、午前10時48分ころ、Aの背後から前記ナイフでAの背部を突き刺し、よって、Aに対し、加療1か月間を要する背部刺創、左肺、横隔膜、胃、肝臓、脾臓損傷等の傷害を負わせた。

編注 抗告審(東京高 平3(く)8号 平3.1.31抗告棄却決定)

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